2010年 01月 29日
神々の視座から |
日本とミュンヘンを行き来することの最大の楽しみは(少なくともそのひとつは)、飛行機のなかでトイレに行くことである。他の航空会社は知らないが、ルフトハンザのトイレの窓は便器のすぐ上、正面に立つとちょうど見下ろす位置にある。
日本を出発して食事が終わったころにトイレにゆくと、運良く晴れていれば、シベリアの荒野がはるかに見渡せる。人間の痕跡がみえない風景が地平の果てまで延々と続き、かすかな弧を描いてるさまは壮観だが、それを見下ろしながら用を足していると、神々の世界にさまよいこんだような錯覚に陥る。
こういう快楽は男だけのものかと思っていたら、その同じ機中でみたフランス映画のなかで20世紀前半の農婦たちは畑の片隅に立ったまま、スカートのすそを持ち上げただけで用を足していた。スカートというものの効用は案外そういうところにあったのかもしれない。雲の高みからの立小便は神話的だが、大地にしっかりと足をつけての立小便は野生を経て宇宙論の領域へと入ってゆく。飛行機が目的地に到着して、私がまっさきに行うことはたいてい用を足すことである。そこには無意識のうちにMarkingという要素が入っているのではあるまいか。
by foryoureyes
| 2010-01-29 05:04